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SYNODOS JOURNAL : 震災後の日本社会と若者(最終回) 小熊英二×古市憲寿
へええ
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SYNODOS JOURNAL : 震災後の日本社会と若者(最終回) 小熊英二×古市憲寿
へええ
From Arise India Forum:
“For many years I worked in palliative care. My patients were those who had gone home to die. Some incredibly special times were shared. I was with them for the last three to twelve weeks of their lives
People grow a lot when they are faced with their own…
(Source: t.co)
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ほぼ日刊イトイ新聞 - 平野レミさんのカレー WADA CURRY を作ろう!
いや、これそうだよほんと。肝銘
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理系だけど「リトルピープルの時代」を批判してみた - はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
引用してみて思ったけど、これはシステムうんぬんというよりかは、そのシステム(これはコミュニティという人格、と言ってもいいのかもしれない)が欲求することを、人間の技術が(飛行機とかサリンとか、ITとか)「いとも簡単に実現可能」になった結果である、ような気もしている。
— アノニマスタジオ
目的があったらダメなんですよ。人間の活動って本来そういうものだと思うんですよ。首尾一貫性というのは、人間の論理能力で無理やり、矛盾だらけの人間というものを、一貫性があるように見せているだけで、本来の人間というものは、リアクティブに適当なことやってるだけなんですよ。でも世の中のいろんな社会システムというのは、人間の性質とは違っていて、全部理屈が先なんですよ。
みんな同じこと言うじゃないですか。例えば、経営とかってこういうふうにやるべきだとか、ITビジネスとはこういうふうにやるべきだって、いろんなノウハウやマニュアル的な言説がありますよね、で、そのとおりやる人たちって、僕の世界観なんですけど、それって僕の中では、人間ではないんですよ。なんかのイデオロギーのミーム。社会的な生命体の歯車になってる、奴隷になっている人間であって。
資本の論理だけで動く人っていうのは、全体の価値観どおりに動くマシンみたいな存在じゃないですか。それは、僕は嫌だな、と思っていて、それで多分、単純化された世界を本当の世界と思ってしまう人がいて、作った論理から世界だと思って考えたがる人が多いんですよ。たくさんいすぎて競争力がなんですよね。多分21世紀は最後の人間の世紀なんですよ。
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